P社員控室

カスタマーファーストで
考える「ミライのオフィス」
顔認証による入退室管理システム「KPAS」ができるまで

パナソニックが提供するソリューションについて、携わっている社員にいろいろ聞いてみる新企画「87会議室」。初回は、パナソニックの顔認証システムを利用した入退セキュリティシステム「KPAS(ケイパス)」をピックアップしました。

カードをかざす、指紋を読み取るといった方法ではなく、一人ひとりの「顔」から本人認証を行う「顔認証技術」。スマートフォンのロック解除など、私たちの身近なところでも少しずつ使われはじめています。認証方法はカメラに顔を向けるだけなので、特別な動作は必要ありません。パスワードとIDカードのように、忘れたり紛失したりするリスクもないことから、新時代の認証方法の一つとして注目を集めているのです。

これまで顔認証技術は、その注目度の一方でなかなか導入が進んでいませんでした。技術自体は存在するものの、カメラの角度や明るさなど顔を読み取る際の条件が限られていたり、精度が不安定だったりと、まだまだ課題が山積みだったのです。

しかし、近年はディープラーニング(機械学習)の発達により、認証速度や精度が飛躍的に向上。パナソニック顔認証技術は、顔を正面からでなく斜めからでも、サングラスやマスクを着けていても読み取ることができるようになりました。これをオフィスの入退セキュリティシステムに応用したのが、「KPAS」です。

簡単に登録が完了し、意識せず通り過ぎるだけで認証できる。「KPAS」は、元々パナソニックが開発していた技術をベースとしながら、それを使用するユーザーにとことん寄り添うなかで生まれました。その過程には、どんな想いや困難があったのでしょうか。パナソニック コネクティッドソリューションズ社 イノベーションセンター ビジネスデザイン室の古田邦夫に話を聞きました。

(聞き手:井上マサキ)

写真:担当者
今回のコラムはこの方にお話を伺いました

古田邦夫

92年入社。ソフトウェアエンジニアとしてバーチャルリアリティ技術などを手がけたのち、商品企画や経営企画に携わる。近年はイノベーションセンター ビジネスデザイン室に所属。メガホン型の翻訳装置「メガホンヤク」や顔認証システム「KPAS」などを立ち上げる。

顔と名前を一瞬で登録、1秒以内に認証

今日はよろしくお願いします。いきなりですが、古田さんは顔を覚えるのが得意なんでしょうか?

いえ、苦手なんです。よく怒られますよ(笑)。

よかった、僕も苦手なんです。一度会った人とまた名刺交換しようとしたり……。

わかります。「この前、会っていますから」なんて言われると、申し訳ないですよね。

こういう仕事こそAIに任せたいですね……。というわけで、「KPAS」についてたくさん教えていただきたいのですが。そもそも、どんな製品なのでしょうか?

一言で表すなら、「顔認証技術を用いた入退セキュリティ&オフィス可視化システム」ですね。これまで社員証などをタッチして行っていたオフィスの入退室管理が、顔認証だけで自動的にできるようになりました。

なるほど。しかし、顔認証技術そのものはかなり以前からありますよね。最近ではスマホのロック解除も顔認証ですし。

スマホの顔認証って、顔を登録するのにけっこう時間がかかりませんか? こうやって、顔をぐるっと回したり。

最初にやりますね。スマホのカメラに向けて、上を向いたり横を向いたり。

でも「KAPS」はパッと一瞬で終わります。同時に名刺も登録するので、顔・名前・所属などの登録がほぼ1秒以内で済んでしまいます。

ぐるっと顔を回さなくていいんですか?

いいんです。なんなら証明写真1枚でも大丈夫です。

でも、証明写真だと顔の正面しか登録できませんよね。それだと横顔は認証できないんじゃ……。

大丈夫です。

サングラスやマスクで見た目も変わるし……。

大丈夫です。

ヒゲとか……。

大丈夫です。

(すごい自信だ……)

これが顔認証において「世界最高水準」※1と認められた、パナソニックのディープラーニングの凄さですね。「顔のパーツが一致するか」という単純な判断ではなく、顔全体の特徴を分析して判断します。ですから、正面からの写真が1枚でもあれば、認証するときは多少の横顔でも大丈夫なんです。※1:NIST(アメリカ国立標準技術研究所)の評価による。

▲ 顔を登録する「レジスター」。台座に名刺を置き、顔と名刺を紐付けて登録できる。

「写真が1枚あれば」ということは、その場に本人がいなくても登録できる?

そのとおりです。社員証を作るとき写真撮影をしますよね。あの写真を使えば、全社員の顔を一括登録できます。

それは便利ですね! 「オフィス可視化システム」ともおっしゃっていましたが、これは?

せっかく顔と名刺のデータがあるので、これを活用しようと。入退セキュリティだけじゃ面白くないじゃないですか。

面白くない……。

井上さん、一度に何人かと名刺交換すると、誰からどの名刺をもらったかわからなくなりませんか?

なります! 一気に5人以上と名刺交換すると、最初の方にご挨拶した人がどの名刺なのか、あいまいなまま打ち合わせが始まって困ることもあります。

ですよね。そこで、会議室に入る前に「KPAS」で顔認証をするんです。「KPAS」には顔と名刺の情報を一緒に登録していますので、いま会議室にいる人の顔と名前がわかります。「誰だっけ」となったら、ちょっとPCを開いて会議室を検索すれば……。

「顔のカンニング」ができるわけですね!

はい。履歴も残るので「この前、会っていますから」もなくなります。さらに「KPAS」は、誰と誰がどこで会ったかをデータ分析し、人脈のネットワークを可視化する機能を備えています。面談した回数が多い人は「関係が密である」と判断したり。

なるほど。「入退セキュリティだけじゃ面白くない」の意味がわかりました。

もちろんプライバシーへの配慮は必要ですが、たとえば会議施設の稼働率や利用方法を分析するなど、人の動きを捉えたビックデータとして活用していければと考えています。

「企画書の前に、プレスリリースを作っちゃいました」

古田さんは「KPAS」の開発にどの段階から関わっているんですか?

構想段階からですね。私が所属するビジネスデザイン室は、新規事業創出の推進を目的とした部署です。社内外のたくさんの方と、これから先のビジネスに必要な「ミライのオフィス」を考える機会を経て、「KPAS」のアイデアが生まれました。それが2017年7月ごろですね。

顔認証技術の開発もそこから?

いえ、もともとパナソニックはセキュリティカメラ用途等に向けて顔認証技術の研究開発を行ってきました。その技術を空港の入国ゲート向けに応用。その後富士急ハイランド様の入退園ゲートの顔認証も手がけました。これらの技術をベースに、「第3弾」として今度はオフィス用途に使おうと。

では、そこから社内に企画を提案して……。

そうですね。あ、でも、今回は面白いアプローチを取りました。

どうやったんですか?

まず、プレスリリースを作りました。

え? プレスリリースって、どちらかと言えばモノが完成した後に作るものですよね。まだ何もできてないのに?

もちろん社外には出していませんよ! 社内への説明用に作った「ニセモノ」です。

▲ ダミーのプレスリリースを書くことで、商品コンセプトが明確になったという。資料上部には「本来のプレスリリースではありません」の文字が

ニセのプレスリリースをわざわざ作っちゃうなんて、いったいなぜ……?!

企画書を書くときって、「スペックは~」「投資分の回収は~」と、どうしても開発者側の視点で書きますよね。一方、プレスリリースは「なにを解決するのか」「どんなうれしいことがあるか」など、お客様が知りたいであろうことをストーリー仕立てで書きます。つまり、カスタマーファーストの視点なんです。

確かに。

分厚い企画書をめくるより、このプレスリリースのスタイルのほうが、やりたいことが一発で伝わると考えました。私は以前、商品企画を手がけていましたので、プレスリリース形式には慣れていましたから。で、実際に書いてみたらいいものができて、うれしくなっちゃって。

うれしくなっちゃったんですね(笑)。

はい(笑)。広報のみなさんとか、経営企画・総務・関係する本部部門など社内のいろんな人に見てもらいました。すると「絶対面白いからやってみなよ」といい反応をもらって、そこから話が進んでいったんです。

プロトタイプ開発を通して気付いた、現場のニーズ

ダミーのプレスリリースを書いたのが、2017年の11月くらい。2018年1月から作業に着手して、最初のプロトタイプが完成したのはその3カ月後です。

ではプレスリリースからたったの5ヵ月で?

2018年の春に出来上がったのは、認証部分(チェッカー)だけです。事業化のゴーサインをもらうため「こんなにスムーズに認証できるんですよ」という説明をしたかったので。

実際に動くものを見せたほうが早い、と。

そうです。そのプロトタイプで無事に決裁が通ってから、登録部分(レジスター)を作りました。プロトタイプは第4世代まであります。「1秒以内」の認証を目標にしていたので、技術チームにはかなり頑張ってもらいましたね。家電のデザインを手がけたメンバーにもプロジェクトに参加してもらい、使い勝手の良さも追求しています。

▲ プロトタイプの変遷。当初はスタンド型のチェッカーしかなかったが、お客様の声を受けて壁掛けタイプを検討した。

プロトタイプを作った段階で、何か改良すべき点が出てきたりしましたか?

実は、想像以上に「壁掛け」のニーズが多かったんです。最初はスタンドタイプしか考えてなかったのですが、お客様からは「会議室の廊下に置きたいから、通行を妨げないよう壁につけられないか」という声が多くて。そこから壁掛けタイプの開発に着手し、「KPAS」の商品版はこちらを先に売り出すことになりました。スタンドタイプの開発を追い越しちゃったんです。

プロトタイプの段階で気がついてよかったですね。

スタンドタイプだけ一所懸命作っていたら……と思うと、ゾッとします。

▲ 壁掛けタイプの「チェッカー」。スタンドタイプと同様に、1秒以内での認証が可能。

「大きなサングラス」「マスク」「盛った写真」でも認証できる?

商品化を前に、展示会や実証実験など、実際にKPASを動かす現場にはよく足を運ばれているのでしょうか?

行きますね。稼働しているのを遠くからじっと見ています。

我が子を見守る親のようですね。

ビジネスデザイン室ではこれを「現場観察」と呼んでいます。現場を観察することで気がつくことはたくさんあるんですよ。大きくかがんでカメラを覗き込んだり、チェッカーの何メートルも手前から認証しようとしている人がいたり。「そんな使いかたするんだ!」と、作り手がまったく想定していなかった発見の連続です。それを受けて、またシステムを改良していく。この繰り返しですね。

そういった場に行くと、マスクをしていたり、ヒゲを生やしていたり、いろんな顔の人がいるわけじゃないですか。「こんな顔でも大丈夫かな」って、社内でテストをするんですか?

その通りです。開発中はサングラスやマスクをした社員がテスト機の前でウロウロしていましたよ(笑)。例えば、大きなサングラスやマスクのサイズによっては顔の特徴が十分に取れない場合もあります。

登録する写真は、いわゆる“盛った”写真でも大丈夫なんですか? スマートフォンの画像加工アプリも流行っているので、実物より目がパッチリした写真でも大丈夫なのかなと。

残念ながら加工した顔写真はNGにしています。加えて登録の際に「事前チェック機能」がありまして、明らかに「これはおかしいぞ」という顔は登録できないようになっているんです。

わざと変な顔で登録しようとする人もいるんですか?

「変顔登録はNG」と、営業徹底しています。

変顔で登録しても、なにもメリットがないですもんね。認証の妨げになるでしょうし、変な顔の情報がずっと残ってしまうし。

あ、これはきちんとお伝えしたいのですが、顔情報はサーバーに暗号化した形で格納されていて、認証端末(チェッカー)には一切残らないように設計されているんです。認証の瞬間だけチェッカーに読み込んで、すぐに消去するようにしています。

それはやはり、個人情報保護の観点から?

そうです。パナソニックは約60年前から監視カメラに携わっていますので、プライバシーへの配慮も徹底しています。KPASは2017年に施行された改正個人情報保護法にも対応していますので、安心してお使いいただけます。

なるほど。では変な顔が漏洩する心配もありませんね。

いえ、そもそも変な顔は登録できませんので。

そうでした。

「ミライのオフィス」のために、カスタマーファーストで

オフィス以外の場所でも「KPAS」を使いたい、といったニーズはあるのでしょうか。

例えば、人の出入りが多い展示会やカンファレンス、イベントの入退場などを考えています。IDカードの発行には時間がかかりますが、「KPAS」でしたらその日だけ使用する人をすぐ登録して使うことができるので。イベントなどではよくゲストカードを発行していますが、これはセキュリティ的にはあまり良くないんですよね。

なるほど。カードは貸し借りができてしまいますし。

両手がふさがっていても認証できるので、出入りと荷物が多い物流の現場でも便利です。あとは、もっと身近なところにも使ってほしいですね。ホテルのチェックインや、店舗での決済、マンションのエントランスなど。より生活に身近なところにも、顔認証が活躍できるチャンスがあると思うんです。

鍵を出すことなく、顔パスでマンションにスーッと入れる……なんだか未来を感じます。そういえば、KPASが生まれたのも「ミライのオフィス」を考えていたときでしたね。

そうでしたね。でも、技術中心で考えていたわけではありません。最新の設備を備えていたり見た目が美しかったりすることが、イコールいいオフィスではないですから。そこに行けばアイデアがあふれて生産性が向上するオフィス、人々が集まることで新しい創造的価値が生まれるオフィスこそが、私はいいオフィスだと思うんですよ。

顔認証はあくまで手段の一つだ、と。

はい。

それって、まさに古田さんが大切にしてきた「カスタマーファースト」じゃないですか。技術ありきではなく、人ありきで考えるという。

そうかもしれませんね。KPASを踏まえて、これからも「ミライのオフィス」に貢献できる企画を提案できたらと思います。まだまだ、オフィスを良くするためにできることはたくさんありますから。