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「のこす言葉 挑戦は人間だけに許されたもの」 三浦雄一郎 著

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負けないカラダ〜Toughnessを手に入れる本 第71回

のこす言葉 挑戦は人間だけに許されたもの
三浦雄一郎 著

平凡社 / 1,200円 税別

2019-3-18

86歳で南米最高峰アコンカグア登頂に挑んだ三浦雄一郎氏が、スキーと挑戦の人生について綴った書。

三代に受け継がれた挑戦のスピリット


2019年1月、86歳にして南米最高峰のアコンカグア(6,961m)登頂にチャレンジしたプロスキーヤーの三浦雄一郎氏。

1985年53歳のときには、世界7大陸最高峰からのスキー滑降挑戦の最後の山としてこの山に登頂し、スキー滑降も成功させています。

今回は残念ながら登頂は果たせませんでしたが、三浦氏の想いを息子の豪太氏が引継ぎ、登頂を果たしたことがニュースでも紹介されました。豪太氏は94年リレハンメルと98年長野オリンピックに出場したスキー選手です。

雄一郎氏の父である敬三氏は、日本における山岳スキーの第一人者で、99歳でモンブランのバレーブランシュ山からスキー滑降を成功させています。90歳から99歳の間に3回、スキーとトレーニングが原因で骨折したにも関わらず、大好きなスキーのために治療とリハビリに励み、挑戦を成し遂げたといいます。

そのエネルギー、不屈の精神は三浦家に脈々と受け継がれています。

65歳からのリスタート


青森県に生まれ、子どもの頃は体が弱かった雄一郎氏は、敬三氏についていくうちに山スキーや山岳縦走に目覚め、北海道大学に進んだ後、日本初のプロスキーヤーとなります。

34歳でスキー界初のパラシュートブレーキを使用し、富士山からのスキー直滑降に成功。その後、マッキンリー(現・デナリ)やエベレスト、キリマンジャロなど、50代までに世界初の7大陸最高峰からのスキー滑降を成功させます。

ところが、大きな挑戦を成し遂げた後、飲み過ぎ、食べ過ぎ、運動不足が重なり、60代では重度のメタボリック・シンドロームに。息切れして階段を上るのも一苦労、狭心症の発作を起こしたり、血圧が180以上になったりしていました。さらに体のあちこちが警戒レベルに達し、医師からは糖尿病予備群と診断されます。

そんなとき、99歳の敬三氏がモンブランからのスキー滑降を成功させました。雄一郎氏も奮起し、65歳のときに「70歳でのエベレスト登頂」を目標に掲げて、ウォーキングからリスタートします。

怪我をしても、少しずつ回復していくプロセスが楽しい


当初はエベレストどころか、札幌の小学生が遠足で登る藻岩山(531m)に登るのさえ大変なことでした。この頃からウォーキングの際に足首に重りをつけ、重りを入れた靴を履くようになります。

本来、練習嫌いな雄一郎氏は、あくまで“ながらトレーニング”がメイン。大好きなスキーを楽しみながら体力を維持、向上させました。

「いまが最低のレベルと考えて、始めればいいんですよ。焦らずに、いつでも『今日がスタート』と思えばいい。ゼロから進めばいいんです」

70歳でエベレスト登頂を成し遂げた三浦氏は、73歳で心房細動・不整脈治療のための手術を受けます。そして75歳で二度目のエベレストに登頂。

次は「80歳でのエベレスト登頂」を目標にトレーニングを重ねていたとき、スキーのジャンプで失敗して、大腿骨頸部と骨盤など5箇所を骨折してしまいます。

医者からは「運がよくても車いすの生活」と言われますが、「絶対に治る。治してエベレストに登るんだ!」という強い意志で、乗り切ろうと決意します。

はじめは寝返りさえ打てないような状況でしたが、まずは寝返りを打てるように頑張る。それができるようになると、次はなんとか平行棒を頼って歩いてみようと頑張る。

「少しずつ回復していくプロセスを体中が喜んでいる。それがいい」と三浦氏はいいます。

入院して2ヶ月半ほどで車いす生活が可能となり、さらに松葉杖での歩行へとステップアップ。リハビリを重ねて、徐々にトレーニングを再開し、3年後に復活。世界最高齢の80歳で、自身3度目のエベレスト登頂を成し遂げました。

生きて帰れば次のチャンスがある


本書を通して感じるのは、三浦氏が常に「楽観的であること」。ここに記した以外にも病気や怪我、手術をし、何度も克服しています。

そして年齢に応じて、挑戦の方法や質、トレーニングもチューニングしているところに、三浦氏の精神力の強さを感じます。

「挑戦が生きる力を強める」と語る三浦氏は、「生きて帰れば次のチャンスがある」と述べています。

一生をかけて、その情熱にブレがなく、常に未来を見続けている三浦氏の言葉から、年齢を重ねることは決して何かを諦めることではないのだという希望のようなものを受け止めることができます。

※ 今回のアコンカグア遠征に帯同した朝日新聞社の金子記者の現地からの発信を支えたのは、パナソニックの『TOUGHBOOK』でした。

(編集部)