コラム | COLUMN

「気になる本はたくさんあるけれど、忙しくて、ついつい読まずに終わってしまう…」。そんなビジネスパーソンのために、仕事に役立ちそうな本、これからの人生をより豊かにしてくれそうな本を編集部がピックアップ。内容を“美味しいとこ取り”でご紹介します。今回はこちら…

ちょっと立ち読み〜ビジネスに強くなる本 第12回

「山中伸弥先生に、人生とiPS細胞について聞いてみた」
 山中伸弥 著 / 聞き手・緑慎也

講談社/1260円

2012-12-03

iPS細胞の開発によって、2012年ノーベル医学・生理学賞を受賞した山中伸弥教授。この本では山中氏が自らの人生と、iPS細胞を見つけるまでの粘り強い研究について語っています。

ES細胞とiPS細胞の違い


これまで難病への治療法として、「ES細胞」の技術が期待されていました。 ES細胞とは、受精卵が母体に着床する直前に、胚を体外に取り出し、その中にある内部細胞塊をバラバラにして培養したもの。
もともと受精卵は、体を構成する200種類以上の細胞すべてをつくり出すことが出来る「全能性」を有しています。 そのため、ES細胞を増殖させて適切な刺激を与えると、受精卵と同じように、神経細胞や心筋細胞、膵臓細胞など、さまざまな種類の細胞に分化させることができるわけです。
これらの元気な細胞を、脊髄損傷や心不全、糖尿病などで苦しむ患者さんに移植することで、病気を治療できると考えられています。
再生医療の切り札として期待されてきたES細胞ですが、大きな問題をはらんでもいました。 それは受精卵を使うということ。倫理的な問題のみならず、ES細胞は胚の持ち主のDNAを持っているため、患者さんに移植した際の拒絶反応への恐れもありました。
一方、iPS細胞は受精卵を使うのではなく、患者さん自身の皮膚などの細胞をもとにしています。まず、とりだした細胞を受精卵が細胞分化する前の状態に戻す「初期化」を行います。それを新たな細胞へと分化させていきます。
山中教授のチームはES細胞をヒントに、細胞の「初期化」を可能にしている遺伝子を見つけることに長い時間を費やしました。 そして数万の候補から、最終的に4つの遺伝子が重要であることを突き止めます。
2006年、この4つの遺伝子を使い、ES細胞のように分化多能性を持つマウス人工多能性幹細胞(マウスiPS細胞)を成功させます。続く2007年には、ヒト人工多能性幹細胞(ヒトiPS細胞)を生成する技術を開発。その論文を科学雑誌『セル』に発表し、世界から大きな注目を集めました。

iPS細胞の可能性


皮膚や血液から作成できるiPS細胞。 例えば、心臓病の患者さんの皮膚からiPS細胞をつくり出すとすると、そのiPS細胞はゼロ歳の時の心臓の細胞と同じ状態になります。 その元気な心臓の細胞を弱った部位に貼ったり、移植したりすることで、もう一度元気な心臓に戻れる可能性があるわけです。心臓移植に変わる再生医療として期待されています。
そのほかiPS細胞を活用して、患者さんの体外で心臓病や筋萎縮性側索硬化症(ALS)の病態モデルをつくり、病気の原因を解明できるのではとも考えられています。これをもとに病気の進行を食い止める薬の開発、薬の副作用の確認なども行うことができます。

臨床医から基礎医学の研究へ


ミシンの部品工場を経営していたご両親のもとで育った山中氏。子供の頃から時計やラジオの分解や科学雑誌の付録での実験が好きだったといいます。 数学と物理、SF小説が好きだった山中少年は、中学生の頃からお父様に「医者になれ」といわれていました。高校ではバンドや柔道にも熱中します。
その後、神戸大学医学部に進学。卒業時に整形外科を選ぶことになりますが、その理由は中学から大学まで、柔道やラグビーで骨折を10回以上経験していたから。最も慣れ親しんだ科だったわけですね。一方で、基礎医学への興味も捨てきれずにいました。
研修医として働いた大阪の病院で、指導医の先生から2年間「ジャマナカ」と呼ばれて過ごします。手術があまりに下手で、邪魔だったからです。上手い人なら20分で終わる手術に、2時間かかったこともありました。(幸いにもこの時の患者さんは中学時代からの親友) ここで大きな壁にぶつかり、研究者への道を真剣に考えるようになります。
研修医の間には、完治の難しい難病に苦しむ患者さんに数多く出会いました。「この患者さんたちをなんとか治したい」。その思いが強まり、基礎医学の道を歩むために大阪市立大学院の薬理学専攻への進学を決意します。

3つの教訓


大学院では、助手の先生から与えられた仮説に基づいて実験を行い、検証するという作業に取り組みました。 この時、3つの教訓を学びます。

1.科学は驚きに満ちている。
2.科学の面白さは、予想通りの結果にならないことにある。予想外のことが起こるからこそ、新薬、新治療法を準備なしに患者さんに使用することは絶対にしてはならない。かならず事前に安全性や効果を十分に確かめること。
3.先生のいうことをあまり信じてはならない。先生の考えをそのまま信じず、真っ白な気持ちで現象に向き合う。先入観を持たないこと。

アメリカに渡ってからも、この教訓は忘れませんでした。

アメリカで学んだ「VW」の大切さ


大学院卒業後は奥様と二人のお嬢さんとともにアメリカに渡り、カリフォルニア大学サンフランシスコ校と連携しているグラッドストーン研究所で研究を続けます。ここでも、大切な言葉との出会いがありました。
それは「VW」。当時の所長ロバート・メーリー先生の言葉です。 「研究者として成功する秘訣はVWだ。VWさえ実行すれば必ず成功する。研究者にとってだけでなく、人生にとっても大切なのはVWだ。VWは魔法の言葉だ」。
VWのVはVision(ビジョン)、長期的目標を指しています。WはWork hard(ハードワーク)、一生懸命働くということです。この二つのどちら欠けてもダメだと、メーリー先生は研究者たちに説きました。

研究はマラソンに似ている


「ヒトiPS細胞」は世界中で数多く研究され、開発競争がさかんな分野です。
山中氏が科学誌『セル』に論文を発表した際にも、同じ日に『サイエンス』誌では、アメリカ・ウィスコンシン大学のジェイムズ・トムソン氏がヒトiPS細胞樹立に成功したという論文を発表しました。 山中チームと2つの遺伝子は同じで、あと2つの異なる遺伝子を組み合わせ、ヒトiPS細胞に辿りついていたのです。
長年、マラソンを愛好している山中氏は、「研究はマラソンに似ている」といいます。そしてご自身の走りが、かつてとは変わってきたと分析しています。
学生時代に走った際には前半で飛ばしすぎてしまい、後半で体力が尽きて失速。失敗レースばかりでした。 しかし、2011年には大阪マラソンを好タイムで完走。2012年には京都マラソンで20代の自己ベストを大幅に更新しました。
昔に比べて体力は落ちているのに、よい走りが出来た。その理由を、前半抑えめのペースで走り、最後の10キロを全力疾走したからだと見ています。マラソンは頭のスポーツ。速く走りたいという感情を制御し、まわりに惑わされずにペース配分を守ることが大事なわけです。
「研究は多くの人がタスキをつなぐ駅伝のようなもの」。マラソンと同じように、やはりペース配分が重要です。 iPS細胞は大きな可能性を持っていますが、実際に医療現場で使用するまでに、解決しなくてはならないたくさんの課題を抱えています。焦る気持ちを抑えて慎重に、着実に課題を乗り越えていく。まさに「マラソン」といえるわけです。

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山中教授の好きな言葉は、「人間万事塞翁が馬」。 臨床医から研究者への転向のエピソードを見ると、本当にこの言葉通りだと感じます。長い研究の間にも、思いもかけない方向へ転がっていった出来事が数々あったそうです。大きな視野をもって継続していくことが一番の力になる…それを教えてくれた本でした。
(編集部:Y.C)