コラム | COLUMN

「気になる本はたくさんあるけれど、忙しくて、ついつい読まずに終わってしまう…」。そんなビジネスパーソンのために、仕事に役立ちそうな本、これからの人生をより豊かにしてくれそうな本を編集部がピックアップ。内容を“美味しいとこ取り”でご紹介します。今回はこちら…

ちょっと立ち読み〜ビジネスに強くなる本 第7回

「観光地 "お宝遺産" 散歩~ 上級者のための穴場ガイド」
佐滝剛弘 著

中公新書ラクレ / 882円

2012-07-09

1960年、愛知県生まれ。東京大学教養学部(人文地理)卒業。会社勤めのかたわら、精力的に国内外を歩き、これまでに訪れた世界遺産は300件、国内の国登録有形文化財4000件、国内外の郵便局1万2000局。これらの体験をもとに、世界遺産や近代建築、郵便制度、交通などに関する著作、講演活動を行っている。主な著書に『郵便局を訪ねて1万局』(光文社新書)、『日本のシルクロード 富岡製糸場と絹産業遺産群』(中

NHKで放送されている「ブラタモリ」という番組をご存じでしょうか? タモリさんが古地図を片手に東京周辺をぶらぶらと歩き、ひと味違った視点で、その町の歴史や文化を紐解いていく番組です。 これは、そんな「ブラタモリ」的な要素の詰まった旅の本。 日本の有名観光地の近くにある隠れた穴場、特に国の登録有形文化財の建物にスポットを当て、駅弁などプチグルメも含めながら、町の魅力を紹介しています。

全国10の都道府県をセレクト


全国をくまなく旅する著者が本書のために選んだのは、世界遺産に認定された岩手県の平泉周辺、北海道の札幌と小樽、日光、長崎、京都、沖縄、鹿児島、横浜、そして東京。

いずれの場所でも人気の高い観光名所ではなく、静かに時を刻んできた有形文化財を訪ね歩いています。 さっそく、そのうちのいくつかをご紹介しましょう。

北海道~開拓時代とニシン漁の栄華を伝える建物


まずは北海道・札幌。 開拓時代の残り香を伝える施設に、「エドウィン・ダン記念館」という建物があります。 真駒内にある瀟洒な木造建築で、もとは北海道庁真駒内種畜場の事務所であり、1876年に創設された開拓使放牛場が起源となっています。
北海道の酪農の指導的役割を果たしたこの開拓使放牛場を創設したのが、アメリカ人のエドウィン・ダンでした。 北海道で活躍した外国人といえば、札幌農学校(現北海道大学)の初代教頭・クラーク博士がすぐに思い浮かびますが、実は日本での滞在期間は1年足らず。 一方、エドウィン・ダンは日本人女性と結婚し、一度はアメリカに帰国したものの再び外交官として日本に戻り、初来日から永眠まで56年に渡ってさまざまな形で日本に貢献しました。 酪農の指導のほか、日清戦争後の和平交渉の早期終結に尽力し、のちの日本石油となる石油採掘の会社も立ち上げています。 1931年に東京の自宅で亡くなり、そのお墓は青山墓地にあります。
続いては、小樽の郊外・祝津にある「旧青山家別邸」です。 青山家は山形から北海道に移り住み、ニシン漁を生業としていた道内有数の網元。 小樽のニシン御殿といえば、おたる水族館の近くにある「小樽市鰊御殿」が有名ですが、この青山家別邸はそれをはるかにしのぐ豪華さといいます。
大正後期に建てられた住宅で、建坪190坪もある母屋と、一件の家ほどもある文庫蔵からなり、総工費は31万円。これは、当時建てられた東京の百貨店と同規模の建築費だそう。 明治から大正にかけての北海道のニシン漁の栄華を知ることができます。

長崎~産業の歴史を垣間見る


坂道が多く、異国情緒たっぷり町、長崎。
原爆の惨禍を乗り越え、美しい港を守り続ける長崎には、出島やグラバー園、大浦天主堂など観光スポットがたくさんあります。
造船の町でもあり、海に面して建つ長崎造船所の「ハンマーヘッド型起重機」は象徴的な建物といえます。
また、かつては炭鉱業も盛んでした。 海岸沿いには石炭の鉱脈が続いていて、長崎港沖に浮かぶ端島(通称、軍艦島)もそのひとつ。この島はもともと岩礁で、海底炭鉱を開発するために周囲を埋め立てて堤防で囲い、狭い土地を有効活用するために、さまざまな施設や住民の住まいが立体的に建設されていきました。 1916年には日本初のコンクリート製の高層アパートが建てられ、戦後はいち早く冷蔵庫や洗濯機が普及するなど、日本の最先端の文明を享受した島でもあったそうです。
1974年に閉山し、長らく立ち入りが禁止されていましたが、2009年から観光客の上陸が認められるようになり、廃墟ブームも相まってにわかに注目を集めています。

京都~神社仏閣をたずねない旅


京都では、寺社以外のみどころを歩きます。
一つめは、五条にある「河井寛次郎記念館」。 河井寛次郎は「民芸運動」の立役者となった陶芸家で、後に彫刻やデザイン、書など幅広く活躍しました。 ここは仕事場兼住居だった建物で、入ってすぐに大きな囲炉裏のある部屋が広がっています。奥には作陶をした工房があり、さらに奥に進むと素焼窯や登り窯も残されています。 生活の空気をそのまま残した建物の中に、作品が自然に置かれていて、まるで今も主が住んでいるかのような雰囲気が漂っています。
著者が京都の中心部で最も気に入っているというのが、東山にある「並河靖之七宝記念館」。 明治~大正時代に活躍した七宝家・並河靖之の旧邸です。 主屋の裏側は庭に面していて、桟の形は青蓮院好文亭の桟を摸してあるなど、随所に名刹の写しがあります。柱の一本は池の上の石に載っていて、主屋が水に浮いているように見える仕掛けになっています。
こじんまりとしていながらも見応えのある庭をつくったのは、近代日本庭園の先駆者であり、平安神宮神苑などを設計して「植治(うえじ)」の名で知られている七代小川冶兵衛。七宝の研磨に使う目的で引かれた琵琶湖疎水は、当時、個人の庭では初めての試みだったとか。 庭園は京都市の名勝に指定されています。
実はこの二つの建物、私自身も訪れたことがあるのですが、本当に素晴らしい。 優れた作家の日常生活における美意識に触れられる、貴重な場所です。

東京~ "これぞ武蔵野"と呼ぶに相応しい住宅


東久留米市にある「村野家住宅」。 普段は非公開ですが、年に数回、事前予約で見ることができるのだとか。
村野家はかつて肥料問屋と金融業を営んでいました。 1838年建築の木造平屋茅葺の主屋、明治後期に増設された離れ、三棟の蔵、二つの門、合わせて7棟が有形文化財に登録されています。 蔵の裏には茶畑が広がり、今でもこのお茶は自家用にしているそう。 建物群の背景には豊かな屋敷林が広がり、敷地内の70本もの木が市の保存樹林に指定されています。 村野家周辺の他の屋敷も、江戸~明治の風景をそのまま引き継いだような風情を残し、武蔵野の農村の面影を色濃く残したエリアとなっています。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆
この本、個人的にかなり"ツボ"でした。 読んでいるだけで訪れたくなる場所ばかり。単に登録有形文化財を巡るだけでなく、その建物の歴史や他の関連施設と結びつけて体系づけているところが興味深い。 夏休みの旅行計画がまだという方に、ぜひおすすめしたい一冊です。
このほか、本書には「ご当地フォルムカード」なるものが登場します。 各都道府県ごとに地域の名物をモチーフにしたカードで、2009年から発売されているのだとか。 その地域の郵便局に行かなければ購入できないレア物で、デザインも秀逸! 思わず蒐集欲をかき立てられました。
(編集部 Y.C)