コラム | COLUMN

ビジネスの成功は心身の健康から。
心と体は深く結びつき、互いに支え合いながら、時に思いもよらないパワーを生み出します。
このコラムでは、しなやかな体と強い心を手に入れるためのオススメ本をご紹介します。今回はこちら…

負けないカラダ〜Toughnessを手に入れる本 第35回

「新版 日本の長寿村・短命村」
近藤正二 著

サンロード出版 / 952円 税別

2016-03-30

昭和期、36年の歳月をかけて全国の長寿村と短命村を調査した記録の新修版。いまなお色褪せない健康のための食習慣と暮らしの心得が記されています。

全国を歩いて集めた昭和の食事風景


健康にまつわる食のムーブメントは、時代ごとに移り変わります。そんな中、現代にも応用できる、昭和初期~中期の食事を調査した記録集がこの本です。

東北大学医学部名誉教授を務めていた近藤正二氏が、全国各地の990の町村をくまなく歩き、長寿村や短命村の食事を調べて収集した“生きた情報“。

1972年に初版が発行され、健康食という観点だけでなく、民俗学的な考察としても意味のある書物として、版を重ねてきたロングセラーです。

流通網の発達と輸送のスピード化によって、全国どこでも同じような食物が手に入るいまの時代とは異なり、昭和10頃年から昭和40年代の日本は、地域ごとの食習慣の違い、日常的に摂る食物の違いが顕著でした。その多様性からは、さまざまなものごとを読み取ることができます。

よく働き、大食を控える


とりわけ印象に残ったのは、伊勢志摩の海女の方々の食事です。

近藤氏がしらべたのは国崎という長寿の村(現在は鳥羽市に編入)で、海女の発祥地といわれているところです。この村の女性たちはみな働きもので、男性よりも女性の長寿が目立ちました。

古くから伊勢神宮と朝廷に「のしあわび」を献上してきた歴史を持ち、海女さんたちは仕事にほこりを持っておられます。

昭和の時代(いまはわかりませんが)、この土地では男性は働いてはならないといわれていました。家で留守番をしたり、子どもの面倒などをみたり過ごします。

一方で、海女の女性たちは、早朝から畑に出て野菜をつくり、その後、海に潜るという生活。さらに夕方、海から上がると、今度はまた暗くなるまで畑仕事をし、夕ご飯の仕度をします。

この女性たちと一緒に過ごし、一日の生活を見てみたところ、お米の代わりにさつまいもを主食にしていたほか、大豆や胡麻、野菜をたくさん食べていました。また昼食には、海で獲れた貝類を焼いて食べたり、海藻も食べたりしています。

そんな海女さんたちに共通していたのは、大食をしない、お菓子を食べないということ。お菓子を食べてもほんの少し。聞くと、本当は食べたいけれど、お菓子を食べると水に潜ってアワビを捕るときにおなかか重苦しくなるからだと答えました。このように、この地方の海女さんたちは、ある特徴的な食事をしていました。

白米をたくさん食べる村は短命が多かった


志摩の海女さんたちが長生きであるのと対照的なのが、能登半島・輪島の海女さんたちだったそうです。この当時、この地方の海女さんたちは海での作業を50歳前でやめてしまうことが多く、また短命だったといいます。

輪島の海女さんたちは魚と白米をたくさん食べ、野菜の摂取が少ないのが特徴でした。その理由は、男性以上にきびしい労働をしているので、食事くらい好きなものをお腹いっぱいに食べたいというものでした。

大豆の名産地は長寿村


長寿の村にはいくつか食習慣に共通点が見られます。たとえば、大豆、にんじん、かぼちゃ、海藻などをよく食べるといったことです。

長野県の善光寺の西に西山地区という場所があり、長寿村でした。ここは昔から「西山大豆」と名づけられた大豆の名産地で、この大豆を求めて、新潟の海岸の人々が物々交換に訪れていたといいます。

海から塩魚や干物、海藻が運ばれてくるので、西山地区の人たちは、大豆を豊富に摂るだけでなく、海藻も毎日食べていました。

「まごわやさしい(豆・胡麻・海藻・野菜・魚・きのこ・いも)」の原点が見える


隣り合った村でも、長寿と短命に分かれていることがあります。

そのひとつが宮崎県の「かぼちゃを食べない村」でした。ある村だけが突出して短命であったため、調べてみたところ、この村だけかぼちゃを栽培していないことがわかりました。理由を聞くと、かぼちゃを栽培すると家の身上が潰れるという言い伝えがあったといいます。(その後、近藤氏のアドバイスにより、かぼちゃの栽培が行われるようになったとか)

本書にまとめられた近藤氏の研究からわかることは、動物性たんぱく質を摂り過ぎると心臓疾患が増える、米を大食する村は短命の人が多い、魚を食べる際には小魚など頭からしっぽまで食べるのがよい、野菜や大豆を豊富に食べる村は長寿が多い、よく働く村は長寿が多い、などです。

いずれも科学的データは弱いものの、足でコツコツと収集した各地域の実生活のデータ。そこから浮き彫りになってくるのは、昭和初期から中期にかけての全国の食生活や地域の風習と健康との関わりです。

決して色褪せない食文化の記録集。「低糖質」の食事に注目が集まるいま、その潮流の一端は、昔ながらの日本の食にあったことがわかります。

(編集部:Y.C)